南国フィジーで、のんびり退職生活

南太平洋のフィジー共和国で、のんびりと退職後の生活を送っています。フィジーの現地の色々な情報を発信します。

フィジーの生活 食事事情

フィジーは、南太平洋の中心地であり、多様な人種構成と言う特殊性を持っています。
その食文化は、伝統的なフィジー料理、ポリネシアン料理にインド料理、中国料理さらに少しのヨーロッパ料理が混じりあっています。
フィジー人の主な食事は前回紹介した、キャッサバ、タロイモなどで、あと魚介類や豚肉、牛肉を食べます。
フィジーはパイナップル、パパイヤ、マンゴー、グアバなどトロピカルフルーツも豊富にあります。


HEAP(一山4個)5F$のフィジー産パイナップル。上のガラスケースに皮をむき半分にしたパイナップルが、1個、1F$です。

フィジー産パパイヤ、左の小ぶりが一皿、2F$で、右の大きめが一皿、6個で、5F$
です。


旬にかかった、フィジー産マンダリン(みかん)です、一山、2F$です。日本のみかんより全然甘みは少ないです。

段ボールの札が値段です。ひと房5~4F$です。




インド系フィジー人は、多種の香辛料を使用した、鶏肉、ラム肉(羊肉)、ゴート肉(山羊肉)のカリーにライス(タイ米など長粒米)、ロティ(小麦粉を練って丸く伸ばしてフライパンで焼いたもの)、ダルと言うヒラマメのスープを食べますが、インド系の70%近くがベジタリアンと言われていて彼らは野菜カリーを食べてます。


ナンディ・タウン公設市場の常設のインド料理の香辛料、バケツに入れて売られてます。
お客さんの好みで、数種類を紙袋に入れて混ぜてくれます。インド系の家庭でそれぞれカリーの味は違っています。



こちらは、ダルスープの材料みたいです。


同じ市場内で売られている、チリ(トウガラシ)の各種、右の小さいものほど辛いです。
一盛り、1F$です。
これをカリーに入れて辛さを調製、カリーを食べながら生でかじる人もいます。
インド系の自家製カリーで、私は死ぬ思いをした経験があります。



都市部には、庶民向けカリー料理店、中華料理店などが沢山あります。インド系のお店では中華系のメニューもあります。



フィジーの伝統料理は、主なもので、ロロ(Lolo)、ココンダ(Kokoda)、ロボ(Lovo)料理です。
ロロは、ココナッツミルクの事で、魚や野菜をココナッツミルクで煮たものです。
ココンダは、一般にフィジー風の刺身として日本に紹介されています。
サイコロ状に切った生魚をココナッツミルクとレモン、ライムの果汁とでマリネしたものです。
ロボは地面に掘った穴に焼いた石を敷いて、バナナの葉でかぶせ、その上に食材を置いてバナナの葉で覆い、さらに土などで小山状にして数時間蒸し焼きにする料理です。




フィジー伝統料理は、別の機会にもう少し説明したいと思います。



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フィジーの生活 (フィジー人の主な主食)

フィジーの庶民の台所、新設された正面の建物(ナンディ・タウン公設市場)です。
地元では、「マーケット」と呼ばれています、左側に有料トイレ(1回、20セント)も新設され便利に。この裏に、タクシー乗り場とバス・センターがあります。


マーケットの中の様子。


ナスが1山、1F$(約65円)。

右下に見えるのは、撮影時期に旬だった、フルーツのマンゴーです。


これが第一の主食、キャッサバ(Cassava)です。これからタピオカが取れます。
右側の大きな山で、5F$(約325円)。普通、皮をむいて茹でて食べます。
乾燥に強く、フィジーではどこでも栽培されています。


第二の主食、タロイモ(Taro)、フィジーでは単に「ダロ」と呼んでいます。サトイモ科ですが日本のサトイモよりかなり大きいです。色々種類があります。ダロが育つには大量の水が必要なのでフィジーでは限られた場所でしか収穫できません。だからキャッサバより高級食材です。

地方の島などで、主食の一つのブレッド・フルーツ(パンの木の実)です。
ちょうど旬の時期で1山、2F$(約130円)。
このまま焼いても皮をむいて茹でても素朴で美味しい、パンの様な味がすると言うので、パンの実と名付けられたそうです。


これも主食の一つで高級食材に入る、サツマイモです。フィジー語で「クマラ」と言います。

日本のサツマイモと比べると甘みが薄い味です。


もちろん、インド系フィジー人も、これらのイモも食べますが、彼らの主食は小麦粉で作ったロティ(フィジー式ナン?)か炊いたご飯(主にタイ産のお米)です。



我が家の主食は、オーストラリア産の、Medium Grainの「Calrose Rice」(日本のコシヒカリを陸稲で栽培しているらしいです。)2Kg、3.68F$(約240円)、タイ米より2倍くらい高い。
でも、嫁さんがダロの名産地のタベウニ島出身なので、ダロもよく食べます。



茹でた「ダロ」です、余ったら翌朝、少し薄く切ってフライにします。


結局、食べれる量を計算したら輸入されたお米が一番安あがりになりますが、地方の村ではキャッサバとダロは自家用で栽培しているので安上がりになるのでしょうね。都市部は食材はマーケットで購入するのでどうしても高くなります。















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フィジーの人々(7)最北端の島人の悲哀

すでにフィジーに来られた日本人の皆さんは、リゾートなどで観光客のために開催されるイベントでポリネシアン・ダンスやファイアー・ダンスを鑑賞された事があると思います。

ポリネシアンの民族衣装で楽しい踊りを披露して、観光客の皆さんを”南国の世界”に誘います。


実は、彼ら、彼女たちポリネシアン系のダンサーは、フィジー本島からほぼ北に約500km離れた「ロツマ(ロトゥマ)島」(Rotuma Island) と言うフィジーの保護領(準州)の島出身の若者です(すでに二世、三世)。
フィジーで、フィジー系民族、インド系民族に次ぐ少数民族のポリネシア系フィジー人です。


上の写真は、ナンディ町のデナラウ・アイランドの「ポート・デナラウ」で、オーストラリアのシドニーから南太平洋を周航する豪華客船の乗客たちを歓迎するための歓迎するためのダンス・ショーです。


ロツマ島は南海の孤島のような存在で、住民もポリネシア系で言葉も違います。19世紀末に英国の植民地になるまで、フィジーとは別の歴史を歩んできました。


ロツマ島に残る伝説では、その昔サモアからカヌーで渡って来たポリネシア系の人たちが最初の移住者で、家族ごと7つの村を建設し、その後キリスト教の宣教師たちと一緒にトンガ人が移住したり帆船から追われたヨーロッパ人が永住したりして今日に至るそうです。
7つの村の酋長たちが、島を二分した争いが続き、ついに英国に保護を願い出て1881年に英国の保護領となり、1874年にすでに保護領となっていたフィジーと一緒に英国の植民地としての統治が始まりました。
1970年にフィジーは英国から独立しフィジー自治国として英連邦30番目の加盟国となりましたがロツマ島もこの時フィジーの保護領に組み入れられました。(多分、ロツマ島だけでは人口も少なく自立出来ないため仕方なく地理的に近いフィジーに入れられたのではと思います。)
ロツマ島の人々は、ロツマ人の都合も聞かず勝手にフィジーに組み込まれたことに大いに怒ったそうですが英国の都合に逆らえず泣き寝入りしたそうです。



ところが、1987年にフィジーで軍を中心としたクーデターが発生したことに、英連邦より強く非難されたことでフィジーは英連邦を離脱しました。
この機をとらえロツマ島の独立派住民は、ロツマはエリザベス女王の国だとして「独立宣言」を世界に発信しましたが、フィジー国軍の島上陸作戦であえなく鎮圧されその後の裁判でも負けました。
2001年の法廷判決では平和的な独立運動を続ける事は認められました。
フィジーが経済的にも政情不安の事もあり、辺境の地のロツマ島まで手が回らないのも現実です。
さらにフィジー人の社会でも差別を受け続けている現実も存在します。



のんびりと見える南の島々でもこんな悩みが今も続いています・・・
現在、ロツマ島の人口は、3000人弱でフィジー諸島への移住者も増えて色々な分野で活躍されているロツマ人も沢山いますが。


私の個人の考えは、ロツマはスイスの「リヒテンシュタイン侯国」のような立場で独立させて、世界で承認を受け国連に加入して、フィジーと合わせて2票のアピールで先進国の援助を受け、フィジー、ロツマの「国おこし」を図れないかなと考えていますが・・・
そうなればもちろん私は「国おこし協力隊」で参加します。







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