南国フィジーで、のんびり退職生活

南太平洋のフィジー共和国で、のんびりと退職後の生活を送っています。フィジーの現地の色々な情報を発信します。

フィジーの生活 「タベウニ島のブナ村訪問」5

真っ暗な砂利道を北に向かって走り続けて1時間以上で、ワイエボ地区で夜も開いてるローカルのレストラン「マンタレイ」を発見しました。


ここで夕食を持ち帰りで購入しました。夜用のメニューがあって、6種類ほどですが、すべて1人前、10FJD(約600円)でした。
会計をしてくれた女の子は、自分は「バナバン」(Banaban)で、ランビ島から働きに来てると語ってくれました。
(フィジーのランビ島の、バナバ人については、2015年10月4日投稿の、フィジーの歴史「バナバ民族の悲劇」を参照してください。)



少し休憩の後、さらに30分ほど、北上して、マテイ空港を過ぎてからすぐの「トブトブ・リゾート」(Tovu Tovu Resort)チェックインしました。


次の日、25日の朝6時20分頃、ホテルの前の海岸から眺めた朝日です。
真上の空は晴天でしたが、東の水平線は雲がかかってました。


朝の散歩中の、近所にお住いのフィジー人のお爺さん、74歳だそうです。
後ろに見えている建物は、「トブトブ・リゾート」の本館です。


「トブトブ・リゾート」は、熱帯樹の生い茂る庭に、オーナー手作りのブレ(コテージ)が5棟建てられています。


私が泊まった、一番奥のブレです。童話の中に出てくる森のお家みたいな可愛い建物です。
私は、リゾート・アイランドに滞在していた時、買い出しにタベウニ島に出かけてくると、何時もここに宿泊してましたので、オーナーさんとは友達で、今は1泊、120FJDのところ、100FJD(約6000円)に割引して頂きました。


朝食は、トーストとコーヒーを注文しましたが、このフルーツ皿(パパイアとバナナ)が、サービスでついてきました。


リゾートから、マテイ空港に向う途中の可愛いお店、中古服販売の看板がかかってます。



道の途中で、ローカル・バスを待つ生徒さんたちです。


もちろんバスは、南国仕様で、窓がありません、雨が降ってきたら上に丸められてるビニールを降ろします。


不思議なヤシの木を見つけました。


ヤシの木の幹の途中に、シダ植物が群生してました。


マテイ・ポイントの小さな砂浜海岸です。私が滞在していたリゾート・アイランド(マテイ・ポイントから南東方向、約40マイルの距離にあります。)から、ボートで来たときは、何時もこの前にボートを停泊させてました。


朝一番の、ナンディ便に乗って、マテイ空港を見下ろしたところです。写真で言えば、空港の下側に、プチ・高級リゾートが点在してます。1部屋から5部屋程度のこじんまりとした隠れ家的なリゾートで、1泊、500USD(約55000円)~1000USD(約11万円)です。
私も空港でチェックインした時に、「約1時間遅れ」と言われたので、その中の1つのリゾートの景色の良いテラスで、コーヒー・タイムして飛行機を待ちました。



元々、フィジーの先住民のフィジアンたちが、フィジーに村を構成し定住を始めたのは、1500年以前からと言われてますが、19世紀の初めに、欧米人(白人)の接触が始まる前まで長い間、電気も水道もなく自給自足で生活を営んできています。


キャプテン・クックを始め、大航海時代に南太平洋を航海した冒険家たちの間で、ここの島々に先住民の存在は確認されてはいましたが、「残虐な人食い人種」と認識されていたのであえて上陸を試みなかったそうです。


先住民フィジアンの歴史から言えば、タベウニ島は、フィジーを大きく分ける、三大勢力圏の一つの中心地で、昔はブナ村が、現在は、ソモソモ村がその首都で由緒あるところだそうです。


しかし、21世紀の現在も、電気も水道もなくても、元気に半自給自足の生活を営んでいるフィジアンたちには感動的ですが、せめてサイクロン被害の前まで位に村が復旧することを願っています。













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フィジーの生活 「タベウニ島のブナ村訪問」4

今回、私のタベウニ島のブナ村訪問の目的は、昨年2月のサイクロン被害から1年以上が経過しましたが、どの程度復興しているのかと、何時もブナ村を訪問した時に、お世話になる私の嫁のお姉さん叔母さん従妹たちの現状を確認するための訪問でした。


ブナ村と隣接する、カナゼア村に住んでる、私の嫁のお姉さんです。


以前は、広いテラスも付いた、結構大きな建物でしたが、手前の土台のコンクリートを残してすべて吹き飛んだそうです。現在は寄せ集めの残骸で、写真のように仮設小屋を建てて住まわれています。


右隣に、さらに小さな仮設小屋が・・・以前はもう少し離れたところにあった、お姉さんの娘さんの建物も完全に吹き飛ばされたので、すぐ横に小屋を建てたそうです。


家の前にあった、大きなマンゴーの木が倒れかかり枝が全部枯れています。その向こうにお隣の仮設小屋が見えてます。


こちらは、叔母さんとお姉さんで、叔母さんは、昔のお父さん(当時の大酋長)の家を改築して、「ブナ・ラグーン・ロッジ」(Vuna Lagoon Lodge)というゲストハウスを経営してます。
建物が意外と頑丈だったので被害は最小限だったそうです。
現在も、外側は多少傷んだままですが、ゲストハウスは再開していました。
私たちも、ブナ村に来たときは、何時もここに宿泊しています。



上の写真は、被害を受ける前のゲストハウスの外観です。


目の前が、「ブナ・ラグーン」です。


海岸側から、「ゲストハウス」を眺めた写真です。現在は、緑の半分は失われてました。
手前の黒い岩は、溶岩です。


ブナ村から車で10分位のところに、14エーカー(約17000坪)の私有地に住んでる、従弟たちを訪問しました。
現在居住している、大きな仮設小屋です。


この破れたテントは、被害直後に海外の救援隊より支給されたもので、トタン板で仮設小屋を建てる間住んでいたそうです。このテントの位置が、母屋の後です。
この土地に以前は、4棟の建物が建っていて、それぞれ家族で住んでいました。


観光客の乗馬ツアー用に買われている馬たちです。サイクロンの来週前に安全な場所に隠していたそうです。
以前は、このそばに大きな囲いに数十頭の豚を飼育していましたが、柵に樹が倒れて壊れ恐怖にかられた豚たちはジャングルに逃げ込んで、すべて見失ったそうです。


現在は、2家族で仮設小屋に住んで頑張って暮らしているそうです。


住宅地の回りは、鬱蒼としたジャングルです、元の豚の囲い地も背の高い樹木に覆われて原型を留めていません。
南の島の、ジャングルの緑の回復力には、目を見張らせる力が存在します。


皆さんが、訪れる南の島のリゾートは、スタッフたちによる日々の仕事で、「南の楽園」を演出しています。
人々の手が入らなくなったら、約1年後には元のジャングルに戻ると思います。


お姉さんの家に戻ると、お姉さんと同居中のお孫さんたちが夕食中でした。
このスタイルが、一般のフィジー人たちの食事の様子です。フィジアンマットの上に布を広げて料理を並べて、家族で車座で食事を楽しみます。
実は電気も来てないので、写真のフラッシュで綺麗に写りますが、実際は懐中電灯の明かりの元の食事風景でした。


名残を惜しみながら、満天の星空の下を、四輪駆動のタクシーで帰途につきました。



もう一度、続きます・・・
















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フィジーの生活 「タベウニ島のブナ村訪問」3


昨年2月の、「TC Winston」(トロピカル・サイクロン ウィンストン) の進路図です。
タベウニ島の南方、約30km、私が、以前滞在していた島の北方、約7kmを、東から西へ通過しました。
フィジーを東から西に、ほぼ一直線で横断してますね。


サイクロン通過直後の、ブナ村の写真です。



上の2枚の写真は、私が以前滞在していた、島(アイランド・リゾート)のサイクロン通過直後の写真です。ジャングルの緑が完全に消え去ってます。
島の滑走路上の航空機まで見えてます。でも、リゾートの建物は、被害はほとんどなかったと思われます。
このことだけでも、今回のサイクロンの強烈さが想像できます。私も島で、幾度かサイクロンを経験しましたが、この規模のサイクロンは初めてです。その時、島に滞在していた方々の恐怖の数時間は想像もつきませんね!


(以上の4枚の写真は、フィジー政府が公開した写真を拝借しました。)


本来のフィジーのラウ諸島の島は、こんな感じでジャングルの緑に覆われてます。



いよいよ、ブナ村の中心部へ、








最初の写真の、破壊された2階建ての建物の跡に、新たに建て直された家です。





村の中は災害後、1年数か月が過ぎて、瓦礫などは撤去されていましたが、上屋が吹き飛んだままの住居跡や、残材で建設された仮小屋、建て直された家、建設が始まったばかりの現場など・・・


村からは、家が吹き飛んで住めなくなったので、都会の親戚を頼って出て行った家族、仮設の小屋で細々と生活している家族など・・・
現在、人手が足りないのか、雑草が生い茂った地域もあり、以前に比べて、落ち込んで暗くなった印象でした。


まだまだ完全な復興は、程遠い感じがしました。


潮の満ちた海岸の黒い溶岩の上で遠くを見つめる犬がいました。飼い主が都会に出てしまい、それを偲んでいるような感じで、印象に残りました。



まだまだ、続きます・・・





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